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東京高等裁判所 昭和29年(う)2938号 判決 1955年11月08日

控訴人 被告人 岡崎教吾 外一名

弁護人 田中正名 他二名

検察官 田辺緑朗 池田貞二

主文

被告人等に対する原判決を破棄する。

被告人岡崎教吾同須藤ふぢえを各懲役八月に処する。

この裁判確定の日から被告人岡崎教吾に対しては二年間、被告人須藤ふぢえに対しては五年間いずれもその刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用はそれぞれ右被告人等の各自負担とし、当審における訴訟費用は被告人岡崎教吾の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人岡崎教吾の弁護人田中正名、同小川契弐(連名)提出の控訴趣意書、並びに被告人須藤ふぢえの弁護人岩淵止提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、いずれもここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

被告人岡崎教吾の弁護人田中正名、同小川契弐(連名)の控訴趣意第一点について、

本件記録によれば被告人岡崎教吾に対する本件起訴状(昭和二十八年十二月九日附)には公訴事実第一として、「被告人岡崎はその肩書住居において竹駒なる屋号で特殊飲食店を営んでいる者であるが、(一)労働大臣の許可を得ないで昭和二十七年六月頃被告人肩書居宅で被用者でない相被告人須藤ふぢ子に対し接客婦を募集することを委託し、同年十一月頃から昭和二十八年一月頃までの間同女をして別表記載のとおりA子等三名の労働者を募集し」と記載され、罰条として職業安定法第三十七条第一項第六十四条第三号が掲げられていたのに、原審第三回公判において検察官は右公訴事実第一の(一)を公訴事実第一の(一)(イ)と訂正し、(ロ)として「他面公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者を募集し」との訴因を追加し、罰条として職業安定法第六十三条第二号を加え、弁護人において右訴因罰条の追加に異議なく、裁判所も右訴因罰条の追加を許可したことが認められる。而して右追加された訴因罰条の趣旨は措辞やや粗漏の嫌はあるが、被告人岡崎が須藤ふぢえに前示A子等を自己の経営する特殊飲食店における従業者(労働者)として募集させたのは同女等を公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務(即ち売淫の業務)に就かせる目的で募集させたものであつて、右行為は一面において前記のように労働大臣の許可を受けないで被用者でない者をして労働者を募集せしめた点において第一の(一)(イ)(訴因追加前の第一の(一))に掲げた訴因罰条に該当すると共に、他面において職業安定法第六十三条第二号にいわゆる公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者を募集した行為に該当する点において前記追加された第一の(一)(ロ)の訴因罰条に該当すると云う趣旨に帰着するものと解することができるのである。そして右(イ)に掲げた訴因と(ロ)に掲げた訴因とは、同一の労働者の募集行為である点において、基本的事実関係を同じうするものであるから、公訴事実の同一性を害しないことは勿論であつて、右訴因の追加は適法であり、裁判所がこれを許したことも何等違法ではない。そして右(ロ)の訴因を追加することによつて被告人が前示A子等を公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者として募集したと云う事実は当然審判の対象となつたものであるから、原審が証拠により判示のように事実を認定したことは相当であつて、所論のように公訴提起のない事実について有罪の言渡をしたものということはできない。原判決が判示冒頭において所論のように判示しているのは罪となるべき事実として認定判示したものでないことは判示自体に徴し明らかであるから、この点においても原判決は所論のような違法があるものではない。

故に論旨はすべて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

弁護人田中正名、同小川契弐の控訴趣意

第一点原判決はその理由において、「被告人は、肩書居宅において特殊飲食店竹駒を経営し、同所に就労する労働者である接客婦の売淫による収入を主なる目的としていたものであるところ、第一、昭和二十七年六月頃、被告人肩書居住において、須藤ふぢ子に対し、右竹駒において売淫の業務に従事する接客婦の募集方を委託し、よつて、右須藤をして、同年十一月頃山形県東置賜郡赤湯町において、A子(当時十六年)に対し、右接客婦となることを勧誘させ、もつて公衆衛生及び公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者の募集を行い」と事実を認定し、これに対し、職業安定法第六十三条第二号を適用して、被告人を有罪としている。然るに、起訴状によれば、「公訴事実第一被告人岡崎はその肩書居宅に於て「竹駒」なる屋号で特殊飲食店を営んでいる者であるが、一、労働大臣の許可を受けないで昭和二十七年六月頃被告人肩書居宅に於て被用者でない相被告人須藤ふぢ子に対し接客婦を募集することを委託し、同年十一月頃から昭和二十八年一月下旬頃迄の間、同女をして別表記載の通りA子等三名の労働者を募集せしめ」と記載され、原審第三回公判調書によれば、検察官は、「公訴事実第一、一の下に「(イ)」の文字を、第一、一の次に「(ロ)他面公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者の募集をし」という訴因を、右訴因の罰条として「職業安定法第六十三条第二号」をそれぞれ追加」し、裁判長は右訴因罰条の追加を許可した旨記載されている。即ち、公訴事実冒頭の記載は、単に「被告人はその肩書居宅に於て「竹駒」なる屋号で特殊飲食店を営んでいる者」であるというだけであつて、「同所に就労する労働者である接客婦の売淫による収入を主なる目的としていたものである」という事実記載はなく、第一の一の(イ)の事実は、これを要約すれば、「被告人は労働大臣の許可を受けないで、被用者でない須藤ふぢ子に対し接客婦を募集することを委託し、同女をしてA子等三名の労働者を募集させた」というにあつて、単に接客婦の募集を委託したに止まり、原判決に所謂「売淫の業務に従事する接客婦の募集」を委託した事実ではない。ただ労働大臣の許可を受けないで、被用者でない者に対し、労働者の募集をさせたというに帰し、その罰条も亦起訴状記載の如く職業安定法第三十七条第一項同第六十四条第三号でなければならない。そして、第一の一の(ロ)の事実は、原審第三回公判における検察官の訴因追加によれば、「他面公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者の募集をし」とあるから、右事実は全然第一の一の(イ)の「須藤ふぢ子をして募集せしめ」とは独立して、被告人自身労働者の募集をしたという起訴事実であると解しなければならない。然るに、原判決は所謂「労働大臣の許可を受けない」云々の事実については犯罪を構成しないものとしていながら、その理由冒頭においては、起訴状に記載なき、「同所に就労する労働者である接客婦の売淫による収入を主なる目的としていたもの」なる事実を認定し、更に、被告人が須藤ふぢ子に対し単に「接客婦を募集することを委託した」という公訴事実であるに拘らず、「売淫の業務に従事する接客婦の募集方を委託し」云々と事実を認定した。右の如き原判決理由第一前段は、全く公訴事実を混淆誤認し、公訴の提起なき事実につき有罪の言渡をしたものであつて、破棄を免れないと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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